研究紹介:胃内容物
2023/3/25 11:46
今日は,イルカやクジラが何を食べているのか,という研究について紹介したいと思います。
魚やイカを食べているんでしょう?と言われればそれまでですが,イルカやクジラに種類があるように,魚やイカにも種類があります。
私たちが普段利用している,例えばイワシ(マイワシやカタクチイワシなど)やスルメイカを,イルカやクジラも利用しているんだろうか。
マッコウクジラは本当にダイオウイカを食べているんだろうか。
実際に海の中でイルカやクジラが餌を食べているところを観察することはとても難しいため,イルカやクジラが何を食べているか,は死体の胃を調査することで研究されてきました。
しかし,胃を調べても,そこに残っているのは,だいたい消化した餌だったものの残骸です。その残骸を調べて,具体的に何を食べていたか,を研究するのです。
魚の頭の中には,「耳石」と呼ばれる炭酸カルシウムの塊があります。この耳石の形が,魚の種によって異なるので,イルカの胃の中に残っている耳石を探して,形を見て,餌であった魚の種類を同定します。
イカの場合は,イカの下顎の形が種によって異なるので,この下顎の形を見てイカの種類を同定します。
なので,イルカやクジラのことを考えている時間よりも,魚やイカのことを考えている時間の方が長いような気がします。
胃の中から出てくる魚の耳石やイカの下顎をひたすらに見て分類し,種を同定していく作業は,ジグソーパズルをしているような,ワクワクがあり,中毒性があります。
本当にマッコウクジラはダイオウイカを食べていた!
全然見たことのないイカの下顎が出てきた…
こんな大きな魚を,いったいイルカたちはどうやって食べていたんだろう?
と,たくさんの発見を積み重ねてデータを蓄積していきます。
世紀の大発見につながることは少ないですが,イルカやクジラの餌って,ものすごく基礎的な知見で,汚染物質の研究や,寄生虫の研究,形態の研究など,様々な分野の研究に繋がる知見です。
イルカやクジラの胃内容物研究は,100年後も引用されるであろう研究だし,図鑑のページを埋めているんだと思って続けています。
また,餌である魚やイカの数が減った時に,イルカやクジラはどうやって生きていくのか,を考えるためにも,イルカやクジラがどんな餌を食べているのかを明らかにすることは必要です。
これからもひたすらに,イルカやクジラの餌生物を調査し続けたいと思っています。
鯨類紹介:カマイルカ
2023/3/24 12:51
背びれの模様が鎌状に見えるのでカマイルカと呼ばれるイルカです。
最近水族館でもよく見るようになりました。SNHでは,ネズミイルカ,イシイルカに次いで3番目に報告の多いイルカです。
4月から7月頃にかけて,青森と函館をつなぐフェリーに乗ると,高確率で見ることのできるイルカです。
日本周辺海域を,夏に北上し,冬に南下する,季節回遊を行っています。
ジャンプしたり,船首波に乗ったりしてくれるので,比較的簡単に目にすることのできるイルカなのですが,まだまだ分かっていないことはたくさんあります。
大きな謎の一つが,津軽海峡にやってくるカマイルカは,一体どこからくるのか?です。日本海と太平洋をまたぐ津軽海峡,どちらからでも入ってこれそうですよね。
恐らく,北上したり南下したりする際のルートになるんだろうと思いますが,はっきりどっちからどのように来ているのか,ということは分かっていません。今のところ,両方から来ていると考えられています。
また,冬にどのようなルートで南下しているか,もイマイチはっきりしないのです。
北海道では,夏場に登別や室蘭,苫小牧でのストランディングが多く発生します。北海道といえど,夏はちゃんと暑いので,ぐずぐずに腐ってしまっていることも多いのですが,可能な限り調査を行い,標本を採取しています。また,カマイルカは噴火湾を繁殖海域としているため,赤ちゃんのストランディングもあります。津軽海峡や噴火湾で,赤ちゃん連れのカマイルカが泳いでいるのを目にすることもありますし,実際にもうすぐ赤ちゃんが生まれそうな,妊娠個体が漂着してしまうこともあります。
赤ちゃんイルカのストランディング調査は,かなり心にくるものがありますが,死体を無駄にしないためにも,一個体一個体,きちんと調査をしなければといつも思わされます。
鯨類紹介:イシイルカ
2023/3/23 12:19
「シャチの子どもが打ち上がっています」
という連絡が入ると,まず我々は,イシイルカだろうなぁと思うことが多いです。
シャチみたいな白黒の模様だけど,体長は大人で2m程度,あまりよくは知られていないイルカですが,北海道ではネズミイルカについでよく打ち合がる種類であり,我々にとってはお馴染みのイルカです。
はっきりとした白黒の体色と,ずんぐりとした体つきが特徴のイシイルカは,ネズミイルカ科に属するハクジラ(口の中に歯がある鯨類)です。
日本周辺海域に生息するネズミイルカ科は3種類で,ネズミイルカやスナメリは沿岸性が強く,どちらというとかわいらしい(書き手の独断)印象のあるイルカです。しかしイシイルカは,ネズミイルカ科の中で珍しく沖合性であり,全体的にガチっとした(書き手の独断その2)イルカです。このガチっとした体は,高速で泳ぐこと,深い場所に潜水して摂餌することを可能にしています。洋上でも高速遊泳の際に立つ波しぶき(ルースターテイル)をきっかけに発見することが多いです。大きな群で見ることが多いので,イシイルカを発見した後は,目をつぶっても瞼の裏にイシイルカの立てる水しぶきが見えるくらいです。
イシイルカたちは,あまりに高速に泳ぐことができるため,飼育が難しく,世界的にも水族館での飼育例が極めて少ないイルカです。
日本では小型捕鯨の捕獲対象種であるため,昔から多くのデータが積み上げられてきました。集団遺伝であったり,食性であったり,繁殖期であったり,イシイルカの知見は多岐に渡ります。
ストランディング個体から研究することはないのでは?と思われるかもしれませんが,そんなことはありません。
・捕獲個体の研究結果とストランディング個体の研究結果は異なるのか?
・死因は何だったのか?
・捕獲しない時期,捕獲できない海域ではどのような暮らしはしているのか?
など,イシイルカのストランディング個体から分かることはたくさんあります。
北海道では,数年に一度,イシイルカの漂着例がぐっと増える年があります。この事象の原因は今のところ我々が抱えている大きな謎の一つです。
今後調査を積み重ねることで,何か分かるといいなと,イシイルカ好きの書き手(松田)は思っています。
東京都市大学(古生物学) 中島保寿先生から応援メッセージをいただきました。
2023/3/22 15:15
はじめまして。古生物学者の中島保寿です。
私は「海にもどった動物たち」の進化をテーマに、骨の化石の研究を行っています。そして、「ストランディングネットワーク北海道」のクラウドファンディングを応援しています。
なぜ化石や地層を研究している古生物学者が、ストランディングの調査を応援しているのか?それには、いくつかの理由があります。
わたしたちの祖先は、もともと水中で生活する魚でした。そして、約3億7500万年前の古生代に、陸上で生活できるようになりました。陸上での生活を手に入れた私達の祖先は、爬虫類や哺乳類へと進化していきましたが、その後、また海に戻っていったものたちがいます。
海に戻った動物たちのなかでも、魚竜や首長竜、モササウルスといった、中生代の海の爬虫類たちは、化石としてよく見つかります。しかし、これらの生物が、いつ、なぜ、どうやって海に戻っていったのかについては、まだまだ、謎に包まれています。
わたしたち古生物学者が絶滅した動物の生きざまを解明していく上で、一番大切なことの一つが、現在生きている動物を観察することです。とくに私の研究では、ストランディングネットワーク北海道が集め、調査しているイルカやクジラ、アシカ、アザラシなどの動物が重要です。
なぜならイルカやアザラシもまた、陸から海に戻っていった動物たちであり、その体には、進化の謎を解明するヒントが隠されているからです。
イルカやアザラシの遺体を調査し、標本として保存しておけば、これらの動物について理解できるだけではなく、化石としてしか見つからない絶滅した生物を研究する上でも、たいへん役に立っています。
ですから、ストランディング調査を応援することは、生物学者を助けるだけではなく、私達古生物学者を含め、たくさんの研究者をサポートすることにつながるのです。
さて、現在ストランディングネットワーク北海道は、現在調査用バンの購入を目指しています。これには、化石と動物という違いはあれど、同じフィールドワーカーとして共感しました。
漂着生物の調査も、発掘調査も、多くの人手が必要ですし、たくさんの道具や機材を運ぶことも不可欠です。そして調査後は、何100kgもの標本を運ぶことも少なくありません。
自然のものを扱うので、汚れや匂いはつきものであり、レンタカーでは、特に気を使わなければいけません。なによりレンタカーは、調査ごとに借りなければならず、膨大なコストがかかってしまいます。
そこで、ぜひ皆様の力で、ストランディング調査に使える大きな車をプレゼントしてあげてほしいと思うのです。
生態学や古生物学のように、生物の生きざま、進化、地球環境など自然のものを扱う研究は、「自然史科学」としてまとめられます。自然史科学は、私達が自然を正しく理解し、守り、未来永劫共存していくために、重要な役割を果たしています。
しかし、自然史の研究にはお金がかかります。そして、未来に投資する研究である以上、すぐに利益に結びつきづらいのも事実です。だからこそ、市民の皆様の理解と、協力が不可欠なのです。
みなさん、「ストランディングネットワーク北海道」の挑戦に、力を貸して下さい。
よろしくおねがいします!
東京都市大学 中島保寿