鯨類紹介:スジイルカ
2023/3/29 13:58
スジイルカといえば,温暖な海域に生息するというイメージがある方が多いかもしれません。
マイルカ科に属するハクジラで,striped dolphinという名の通り,身体にスッと黒い線の入ったイルカです。
本州ではマスストランディングといって群で漂着するような例もちょこちょこありますし,単独での漂着もよく報告があります。
北海道でのストランディングはとても稀だったのですが,2015年から北海道の太平洋側で毎年漂着するようになりました。
2021年には最多の14件,2022年には7件もの漂着がありました。
外洋に生息するイルカで,群で回遊します。
ハダカイワシの仲間や中深層に生息するイカを食べています。
どうして北海道で漂着するようになったのか,謎は深まるばかりですが,初めて報告を頂いたときは,まさかスジイルカが北海道で漂着するとはと,目を疑いました。
漂着個体の解剖調査をしていると,北方種であるネズミイルカと比べると脂肪がものすごく薄く,北の海で生きていけるのか…と心配になるほどです。
今年もスジイルカは打ち上がるのでしょうか。
打ち上がった時はハイエースで拾いに行きたいと思います!!
オリジナルデジタルカレンダーを作成します!
2023/3/28 12:19
どこに需要があるかは分からないのですが,今回クラウドファンディングのリターンの一つとしてSNHオリジナルデジタルカレンダーを作成することになりましたので,そちらを紹介したいと思います!
よくあるイルカやクジラのカレンダーといえば,大海原を泳ぐ野生個体であったり,水族館での愛らしい姿であったりかと思うのですが,我々SNHで持っているイルカやクジラの写真は,残念ながら死んでしまった個体の写真が殆どです。
我々にとっては情報の宝庫の写真ばかりです。各月に発生したストランディングについて,よりすぐりの1枚を選びました。
1月の写真を紹介します。1月は,2013年1月5日に松前町で発見されたオウギハクジラの写真を紹介しています。お正月明けすぐに通報のあった個体で,かなり新鮮な個体でした。真冬の松前町で,外で吹雪の中解剖調査を行いました。
体長524.5㎝のメスの個体で,国立科学博物館からも,研究者の方が来て,皆で調査を行いました。
オウギハクジラは,成熟したオスでは,下あごに1対の扇形の歯が萌出します。そのため,『オウギハ』クジラという和名がついているんですね。
まだまだ生態が分かっていない種類で,ストランディングした個体を調べて少しずつ研究が積み重ねられている種です。
他の月も選りすぐりの一枚を掲載しています。
ぜひこちらのリターン,楽しみにしていただけると幸いです!
※画像は完成予想図
研究紹介:パッとチッ
2023/3/27 11:11
皆さんの中には「イルカは超音波を出して周囲の環境を認知する」ことを知っている方も多いのではないでしょうか。今日は,ちょっとマニアックなイルカの超音波の研究について紹介します。
イルカは,頭部にある発音器官で人間の耳には聞こえない超音波をつくります。これを用いて,光の届かない海中でも餌となる生物や,岩などの障害物を認知することができます。この超音波のことを「クリックス」とよびます。
クリックスの性質は,実はイルカの種類によって違い,大きく2種類に分けられます。
まず1つは,すべてのハクジラ類のうち8割の種が出す音で,幅広い周波数を含んだ音です。「パッ」という手をたたくような音をイメージしてもらえるとよいでしょう。もう1つは,全体の2割ほどの種が出す音で,周波数が130kHz付近に集中した音です。「チッ」というマウスのクリック音のような音のイメージです。
「チッ」の音は,ネズミイルカやスナメリなど,ハクジラ類の中でも特に小型の種によって使われています。実は,「チッ」の音はとても周波数が高く,彼らの主要な天敵であるシャチには聞こえないのです。ネズミイルカやスナメリは体が小さく,普段は単独または少数の群れで行動しているため,いったんシャチに見つかると逃げ切ることが困難です。そのため,自分の居場所をできるだけ知られないために,「チッ」の音を使っているのです。
一方,「パッ」の音は,ハンドウイルカやカマイルカなど,多くのイルカが使います。この音は,「チッ」よりも低い周波数と高い周波数を両方含みます。周波数が低い音は,より遠い距離まで届く性質があります。また,周波数が高い音は,より細かなものを見つけることができます。そのため,「パッ」の音のほうが,「チッ」よりも遠くの物体や細かな物体を見つけられます。どちらにも,それぞれメリットがあるのですね。
この「パッ」と「チッ」の音は,どちらもイルカの頭部にある発音器官という「肉のかたまり」の中で生まれます。同じ肉の中から,こんなにも性質の違う音が生まれるなんて不思議ですよね…?
頭のどの部分が,どのように働いて2種類の音を作っているのか,科学者たちがこれまで様々な学説を立ててきましたが,まだ,これだ!という結論は出ていません。音という目に見えないものが,発音器官のどこで「パッ」と「チッ」になるのかを証明するのは,とても難しいことだからです。
これまで,解剖,CT撮影,かたさや音速など組織の特性…色々な角度から研究を行ってきました。常に新しい方法を試すので,「この通りにやればいい」というお手本はどこにもありません。時々,自分がどこに向かっているのかと不安になることもありますが,まだ誰もたどりつけていない真実をめざして道なき道を進んでいるところなのだ!と,探検家になった気持ちで自分を奮い立たせています。
いつか自分の手でこの謎を解き明かすまで,あきらめず研究を続けていきたいと思います!
装備紹介
2023/3/26 07:51
クラウドファンディングも終盤にさしかかってきました!
ご支援いただいている皆様,本当にありがとうございます。あと少し,私たちと一緒に走り抜けるお手伝いをいただければ幸いです。
今日は,私たちが調査に出動するときにいつも持っていく装備を紹介します。
・刃物,解剖道具
通称「解剖刀」とよばれる替刃式の脳刀を使います(写真1下段右3)。脂ですぐに刃がだめになってしまうので,替刃や砥石も忘れずに持っていきます。解剖刀の刃は基本的に使い捨てを想定されているので,木製の柄のついた丈夫な小刀・マキリ(写真1下段右4)も予備として持っていきます。
このほかにも,大型鯨類の皮を引っ張るのに使う,木製の柄の先端に鉤のついたのんこ(ラジオドラマでも登場しました!写真1下段右2)や脳を採取するのに使う薬さじ(写真1下段左3),ぬるぬる滑る内臓を指先のようにつまめる鉗子(かんし,写真1下段左2),大型鯨類の厚い皮を切る時に大活躍する小包丁(写真1下段右端)など,たくさんの道具を使います。
・袋類
サンプルを入れるチャック付きポリ袋は,サイズ違いでたくさん持っていきます。そのほか,袋類では厚手の45L・90Lのごみ袋が大活躍。普通にごみを捨てる用途のほか,胃や頭などの大きなサンプルを入れたり,イルカを回収する時に頭や口から血が漏れないように包んだり,浜辺で調査用品が濡れないようにレインコートやレジャーシート代わりに使ったりします。それぞれに専用の袋を使うよりも,どんな目的にもある程度満足に使えるごみ袋をたくさん持っていく方が好都合なのです。
・計測道具
調査でもっとも重要と言っても過言ではない道具が,計測道具です。刃物や袋とは違い,忘れると替えがきかないもの・現地で入手するのが難しいものが多いので,持ち物チェックの際には特に厳重に確認します。
「赤白棒」は主に測量に使われている道具で,寄鯨調査ではクジラの全長を測定するときに使います(写真1最上段)。クラウドファンディングページのトップにある画像のように,頭側の端(上顎先端)と尾側(尾びれの分岐点)に棒を立て,その間の距離をメジャーで計測します。メジャーも,全長を測るコンベックスとよばれる金属製の曲がりづらいもの(写真1中段左)から,胴周を測るビニール製の柔軟な巻尺(写真1中段右)まで,用途に応じて何種類か持っていきます。
最後に忘れてはいけないのが計測用紙(写真1下段左端)。表面には最多で80箇所以上もの計測項目があり,その1つ1つを丁寧に記録していきます。裏面には体表面のスケッチを描きこむことができ,傷やひれの欠け,病変の有無を記録します。
いかがでしたか?想像以上に色々なものを持っていくんだな…という感想を抱かれた方もいると思います。
実際はここに書かれているものに加え,救急用品や長靴,カッパ,担架などたくさんの装備を持っていきます。
フィールド調査は事前の想像と準備がすべてと言っても過言ではありません。現地についてから色々考えるのではなく,「現地に着いたらあとは作業するだけ」という状態が一番ミスや怪我が起こりにくく,望ましい状態なのです。
車が小さいと,毎回これらの装備の中から車の容量に応じて必要なものを吟味し積み込むのに大変手間がかかります。大きな調査車両があれば,必要そうな装備はすべて車に積みっぱなしにしておくことができ,忘れ物や準備不足の心配もありません。
この記事で,調査車両の必要性をより一層感じて頂ければ幸いです。