WEスタッフ自己紹介〜栗林美知子(事務局長)
2020/5/21 18:11
ウィの栗林美知子です。和歌山県出身です。
2011年3月11日、東京・四谷の職場で地震を体験しました。その後、RQ市民災害救援センターのボランティアに登録し、1本の返信メールに書かれた住所をたよりに、4月に初めて訪れたのが宮城県三陸沿岸部でした。
あの日から9年。
私の30代は、ウィとともにありました。
気が付けば40歳になった私は、ウィが一番長い職場となりました。
小さい頃から長距離走は自信がありましたから、ずいぶんと長く走ってきました。上手な走り方も知らずに飛び込んだNPOの道は険しくもありましたが、仲間と一緒にここまでやってきました。そして、ウィはここからまた一歩先へ、「女性が元気に活躍できる」地域社会の実現に向けて、踏み出していこうと思っています。
東北にやってきた私は、二つの大きなものを得ました。
一つは、ここに暮らす若い女性からおばあちゃんまで沢山の女性との出会いです。
仕事をすること、家族をつくること、子どもを育てること、さまざまな女性たちから生き方を教えてもらいました。なんでもない毎日の中に喜びや笑いがあり、不満や焦りもある。生活の中に工夫や知恵があって、大切にしていることがあって、ここに暮らしている。
二つ目は、この土地の暮らしが私に自然とのつながりを取り戻すきっかけをくれました。
豊かな自然があって、人々に自然と暮らす知恵が残っているこの場所だから、できることがあると思っています。そして、自分の人生を生きること、自分らしさが大事にされる、やさしい地域社会がつくれたらいいなと思っています。
ときどき、「みっちゃんの人生はこれでいいの?」と心配してくれる人がいるのですが、
私は楽しくやっていますよ。
机に向かって、眉間にしわを寄せすぎる時も、頭をかきすぎて独り言が多くなる時もあります。もちろん、落ち込んだり、寂しい気持ちになることもあります。
でも、やりたいことに向かっている私は大抵こんな風で、いま私はここでやっていきたいと思っています。
自分がここ南三陸で立っていると、ここに暮らす人たちだけじゃなく、遠くのローカルな人につながったり、距離に関係なく、根っこ(共有する大事な部分)でつながってく不思議と力強い感覚があります。
今回のキャンペーンに逃げ腰で始まった私ですが、おそるおそる、ゆっくり、やっと他のメンバーに追いついてスタートをきれました。ウィに共感してくれて、仲間になってくれる人、そんなワクワクの実現に協力してくれる人を募集したいと思います。このキャンペーンを通じて、応援してくれる全ての人に、ウィの大事にしていることを伝えていけたらと思っています。本腰です。どうぞよろしくお願いします。
WEスタッフ自己紹介〜塩本美紀(理事)
2020/5/20 18:33
ウィメンズアイ理事の塩本美紀です。福岡出身です。
編集やライターの仕事をしてきました。震災まで、三陸沿岸には全くと言っていいほど縁がありませんでした。宮城に行ったことすらなかった私が、東北に魅せられて、気づけばもう9年近く毎月1度は通い続けています。今、このコロナ禍でSTAY HOMEになるまでは。
東北で何をしているの? と聞かれます。
なぜ続けているの? とも聞かれます。
2011年。震災のあとから、東京の事務所で東北に向かうたくさんのボランティアたちを見送っていました。夏も終わる頃、先のことが全く見えないなか、このあと何かできることがあるのだろうかと出かけた登米のボランティア拠点で石本に会いました。触角が付いているんじゃないかというほど感じる力が圧倒的な石本が力を注いでいたのは、
女性たち本人の声に耳を傾けること。
思えばこれが、今も続く、ウィの背骨なんだと思います。
その声から感じたことを考え、話し、手探りで活動を作っては小さな成果を重ねて波及させ、被災地の状況の変化とともにNPO法人を立ち上げ、私達も成長を続けてきました。
わたし自身は震災のあの日、続く数日間、画面の向こうで戯画のように煙を上げた原発を見てカラダの一部が壊死したような奇妙な感覚を得て、
自分はいのちがある生き物なんだという当たり前ことに気づいたのち、
なんでこんな当たり前のことに気づかなかったのかと自分に驚き、
むしろそれまで当たり前だと思い込んできたことを疑うべきじゃないかと、
飛び込み、流れに飲み込まれ、不格好にジタバタ泳いできたかのようです。
ジタバタの中で、東北の数多くの素敵な女性たちに出会いました。
そして思いました。過剰を追い求め、自然や社会やいのちに負荷をかけ続けるいまの消費文明に決定的に欠けている、いのちをケアする「あり方」のヒントはここにあるんじゃないか。たまたま被災地として出会ったけれど、自然とともにある暮らしの知恵を学ばせてもらったのはむしろ私達だったと。
ローカルでがんばる女性たちのまなざし、これまで聞かれてこなかった色とりどりの声が沸き立つようにひびきあい、未来づくりにもっと生かされていくこと。そのことでつながり広がる楽しさをムーブメントにしていきたい。そのために、活動を続けたいと思っています。
今また、新型コロナウイルスの影響で、大事にしてきた「直接会って話す」の機会が奪われています。一方で、このピンチを、オンラインも多用した新しい場づくりのチャンスにいかしていきたい。どんな場所にいても、私たちはつながることができます。
「ウィメンズアイ」の存続をかけた初めてのマンスリーサポーター募集キャンペーンです。どうか、応援してください。
WEスタッフ自己紹介〜田浦佐知子(理事)
2020/5/19 20:00
本日は田浦佐知子の自己紹介です。さっちゃんと呼ばれています。
私がウィメンズアイ(以下、WE)に関わったきっかけはもちろん東日本大震災ですが、その日、東京で家にいて被害は少なく、実感がない大災害でした。ところが、その後人生は大きく変わりました。熊本で育ち、大学進学以来東京で暮らしていた私には、東北は3度だけ行ったことのある、未知の世界でした。でも今では、ふるさとの熊本よりもよほど詳しく親しい、そしていつでも飛んでいきたい土地になっています。
フリーランスで時間のあった私は、西日暮里にあるRQ市民災害救援センターに東京事務局のボランティアとして通いました。震災直後は物資の仕分けや整理、現地で必要な物の準備や問合せ対応などをしていましたが、そのうち、仮設住宅で作るエコタワシなどのイベント販売が始まり、それに伴って女性支援チームの東京ボランティアになっていきました。作業日は毎週木曜日、平日のため集まるのは女性が多く、和気あいあいとお喋りしながら作業をする日々は、楽しく親密なコミュニティを作っていきました。時が立ち、必要なことが変わっていき、集う機会が減ったことを寂しく思っています。今でもその仲間たちがとても大事な友人たちだからです。(しかも今、実際に会う機会が本当になくなってしまって涙)
2014年の夏、WE代表の石本めぐみに声をかけられ、東京での販売ボランティアだけでなく、WE組織での活動に本格的に携わることになります。私の本業がチームビルディングの企業研修ファシリテーターで、そのことを知っためぐちゃんが、私をWEの役に立つと思ったのでしょう。
しばらくは何もなかったのに、その年の終わりから、慣らし運転なしで『グラスルーツ・アカデミー』というアウトバーンに放り込まれ、めぐちゃんと二人、考える暇も立ち止まる暇もなく、3月の国際ワークショップにこぎつけました。鮮烈な(輝かしいという意味ではなく、激務を通り越した酷務という意味の・・・)私のWEデビューです。
以来、『グラスルーツ・アカデミー東北』を中心に、学びの場を提供する役割として多くのプロジェクトに携わりました。東北という土地とここに暮らす女性たち(そして魅力的な男性たち)を知り、私の人生が豊かになっていきました。東京での活動と同様に、ここでの活動も心から楽しくてやりがいがある! 知れば知る程、首都圏やほかの地域でここの魅力を伝えたい、そしてここで出会った課題は他でも同じなんだ、ということを伝えたい気持ちに駆られます。
荒川区の片隅で作業をしていた時にはわかっていなかった、移住した仲間たちの熱い気持ちが、今の私にはわかります。でも私、十分に伝えられているのかしら? このキャンペーンがようやくその機会になりますね。(田浦佐知子)
WEスタッフ自己紹介〜中島綾子
2020/5/18 18:25
はじめまして。ウィメンズアイスタッフの中島です。
私はほかのウィスタッフとは少し違い、途中からウィに仲間入りした一人です。
埼玉出身の私は、震災当時大きな悲しみの中にいました。
東京の通信会社で働き、それなりに生きていました。そんな日々がある日崩れました。
震災の前年、親友が自ら命を絶つという出来事があり、悲しみに暮れているときに起こった震災。そして悲しみ癒えぬ翌年あとを追うように、また一人親友と呼べる人がこの世からいなくなってしまいました。
悲しみ尽くしたころ「この命を何かの為に、誰かのために使って生きていかなければ」と強い思いが生まれ、その気持ちに駆り立てられ被災地に行こう!と思い、会社を辞め飛び出しました。そんなきっかけで出会ったのが南三陸町でした。
南三陸にきてからは自分の価値観と人生が180度変わりました。
生きる力の強さとありのままを受け止めてくれるこの土地のおおらかさに魅せられ、この町が大好きになりました。そして、出会った人々や自然から学んだ一番大きなことは「生きていることが奇跡。だから生きているだけで心から幸せ。」というすべてに対する感謝でした。
ある日いきなりそう思ったわけではなく、ひとつひとつ階段をのぼるように目が覚めていきました。そこにウィとの出会いもあります。
たまたまウィと縁があり、スタッフとして働かせてもらうことになりました。私にとっては自分の世界を広げ、いろんな経験を積むための修行のような気持ちだったので、私はウィのメンバーというより、働きながら学ばせてもらっているという感覚でした。(なので、なんとなく外から目線。身内贔屓に聞こえるかもしれませんがお許しください)
勤めて3年、(自分では)大きく成長させてもらったと感謝しています。
一番の成長は「自分を信じること」「ありのままの自分を認めること」でした。
そうなるまでの階段をウィやウィを介して出会った女性たちが教えてくれました。
自己肯定感が低く、チャレンジする前から色んな事をあきらめていた私が、チャレンジしてもいい、失敗してもいい、どんな自分でもいいとありのままを受け止められるようになりました。かけがえのない仲間もたくさんできました。
そして、一歩踏み出せずにいる女性は私だけではないという事に気が付きました。
今、私の心からの願いは、同じ悩みを持つ女性がつながり、ともに学び合い、エンパワーされていく機会が世の中に増えることです。今出会っているのはまだ、この東北被災3県で出会った一部の女性たちにすぎません。この素敵な経験をもっとみんなに!と思いこのキャンペーンを企画させてもらいました。人生を変えてくれたこの地域と社会とウィへの恩返しがしたいです。でも私の力だけではどうにもできません。
私だけではなく、もっともっとたくさんの女性がしあわせになれるように!自分の人生を安心して歩めるように、ぜひ、みなさんのお力を貸してください! どうぞよろしくお願いします。
(中島綾子)