函館→利尻→様似→函館
2023/3/22 13:00
永遠に運転している…そう感じたことは数え切れません。
調査している時間よりも,移動している時間の方が長いこともよくあります。
2015年4月,松田他2名の調査員で,函館から一路利尻島に向かっていました。
利尻島にある利尻町立博物館の学芸員の方から,オウギハクジラ漂着の通報があり,我々はえいや!と向かうことにしたのです。
北海道で離島に行ったことのなかった私は利尻島に行くということ自体にワクワクしていました。
函館から利尻島に行くには,まずは稚内まで行って,稚内からフェリーに乗る必要があります。函館から稚内まではだいたい9時間半くらいでつきます(当時)。距離にして約620㎞,本州で考えると茨城県から青森県くらいの距離です。
稚内から利尻まではフェリーで1時間半くらいです。フェリー乗船中は,ワクワク海鳥の目視をしながら利尻島まで向かいました。
利尻島につくと,利尻町立博物館の学芸員の方が待っていてくださって,オウギハクジラの調査地まで案内してくださいました。
3人でオウギハクジラの調査を行い無事終了したのですが,砂埃が酷く,終わった頃には毛穴という毛穴から砂が出てくる始末でした。
思いのほか早く終わったので,帰りのフェリーまでけっこう時間があり,利尻島を観光できちゃうかもとウキウキしながら遅めの昼食をとっていた時,松田の携帯が震えます。
嫌な予感は的中,松石理事長からの電話でした。
松石理事長から電話がかかってくる時というのは,だいたいストランディングが発生した時です。
「様似町でハッブスオウギハクジラです。さっきまで生きてたみたい。明日現場で解剖調査をしたいと思います。函館から別動隊を出します。」
そこから頭はフル回転です。
まず,できるだけ早く稚内に戻る。いったんホテルでシャワーと仮眠。夜中に稚内を出て,夜通し運転して様似に向かえば調査に間に合う???
稚内から様似までは,約500km。函館ー稚内よりは近い。8時間くらい運転すれば着くはず…。
ということで,利尻島から稚内へ帰るフェリーを一本早め,稚内でなるべく身体を休ませます。
朝6時に様似町の現場に到着することを目標に,ひたすらに運転しました。
うっすらと明けてくる空を見ながら,いったい自分は何をしているのか…と思いつつも,非日常感にワクワクしつつも,ただただ様似町を目指しました。
様似町で調査を行った後はもちろん函館まで帰ります。
しかしその頃には私はもう運転疲れでへとへとだったので,函館から出動した別動隊に運転をお任せしました。
北海道はでっかいどうとはよく言ったものです。
自分がこんなに運転するようになるとは大学入学時には思いもしませんでしたが,今となっては北海道の地理にもだいぶ明るくなり,運転する楽しみも覚えるようになりました。
ストランディング対応でどんなにバタバタしていても,運転中は運転するしかないので,実は暇なんですよね。その時間に,研究の話をしたり,好きなものの話をしたり,挙句の果てに喋ることがなくなって,メンバーの両親の馴れ初めまで知ることになります。
専用車両購入のあかつきには,今まで以上に,北海道中を走り回りたいと思います!
苦労談:流出した寄鯨
2023/3/21 12:40
SNH理事の黒田です。私は学部4年次(2012年)から本格的にストランディング調査に関わり始めましたが,今年でとうとう調査歴が10年を超えました!
今日は,私のこれまでの調査の中でも一,二を争う,前代未聞の事件についてお話ししたいと思います。
2021年11月末,伊達市の海岸でイルカが弱って泳いでいるとの通報がありました。
が,写真を確認してなんとびっくり。イルカに形こそ似てはいますが,大きな体と体中に散る白い斑紋から,アカボウクジラ科の鯨類だと一目でわかりました。相当弱っているようで,死んでしまうのは時間の問題でした。
寄鯨調査時には,たとえ鯨類が生きて漂着しても,死んでしまったときのことを考えて調査の予定を立てます。まだ生きているのにひどい!と思われるかもしれませんが,死んでしまってからさて,どうしよう?とのんびり考えていては,死体は腐り,取れる情報がどんどん減っていってしまうからです。
この時も,まだクジラが生きているときから,国立科学博物館(科博)の山田格先生,田島木綿子先生に種同定をお願いし,それと並行して調査のコーディネートを進めました。同定の結果,オウギハクジラ属鯨類だろうということまではわかりましたが,近くでよく見てみないことには,はっきりとは分かりませんでした。ひょっとしたら,めったに漂着しない希少種の可能性もあります。大仕事になりそう,ということで,科博から両先生を含む5名が急遽北海道まで来て下さることになりました。
松石先生と松田さんは残念ながら調査に行けなかったため,調査隊のリーダーは私が務めることになりました。そしてなんと,東京からTV取材も入ることに。いつもと違うことだらけでどきどきしながらも,久々の大物に気が引き締まる思いでした。
北海道内の調査員は,各大学から集結したツワモノ7名。早朝に出発して科博より先に現場入りし,クジラを確保する役目です。
現場について海岸に目をやると,いたいた!たしかにクジラが横たわっています。しかし,波に洗われてゆらゆら揺れ,今にも流れ出しそうです。
「すぐにカッパ着て,クジラを確保しよう!」
急いで支度をして海岸へ。みんな調査には慣れているので,5分ほどでパッキングをほどいて胴長と防寒着を着ます。ところが…
クジラの姿が見当たりません。
さっきまで波打ち際で転がっていた巨体が,どこにもないのです。
その時の絶望感あふれるLINEのやりとりがこちら…
10:13 黒田 速報 クジラ流失中です。
一度現場にあるのを視認(浜の波打ち際にいた)して、レインコートを来て戻る一瞬の間にいなくなってしまいました。田島さんには少し前に連絡済です。科博チームはとりあえず現場に向かってくださいます。もう悔しすぎて倒れそう
10:14 松田 どひゃーーーー
10:16 黒田 膝から崩れ落ちた
10:18 松田 視認できない距離まで?
10:19 黒田 畜大が双眼鏡でだいぶ遠くまで探してくれてるんだけど、影も形もない…なぜ…
10:19 松田 ええ、そんなことあるぅ…
10:20 黒田 本当に。みんなこの目でクジラは見たんや…なのに5分とかの間に消えた…
10:25 松田 5分で流れちゃうのか…沈んじゃってるのかな…
10:28 黒田 漁港の堤防で、上から見てみたりもしたんだけど見えないわ…沈んでると思う…。
結局,いくら探してもクジラは見つからず,調査は諦めざるをえませんでした。
東京からわざわざ来てくださった山田先生,田島先生,調査員の皆様,TVクルーの皆様にはまったくの無駄足となってしまいました。本当に申し訳なさで消えてなくなりたい気持ちでしたが,皆さんに温かい言葉をかけていただき,せめてこの経験を次の調査に活かそう…と心に誓いました。数々の調査を経験されてきた山田先生,田島先生も,こんな経験は初めてとのこと。全員の心に深く刻まれた出動になりました。
それにしても,あのクジラはいったいどこへ行ってしまったのでしょうか。
あの後,伊達で同じようなクジラがうちあがったという話はとうとう聞きませんでした。
新種クロツチクジラ
2023/3/20 13:54
2019年8月にクロツチクジラが新種として認定されました。北海道沿岸では知床からオホーツク海に生息しています。この海域で捕鯨をしていた人は,通常のツチクジラと区別していたようですが,科学者の目に触れる機会がなく,長年ツチクジラと混同されていました。我々ストランディングネットワーク北海道が収集した標本を遺伝分析した結果,2013年には新種である可能性が高いことをつきとめ,国際学術雑誌に発表されました。更に集めた標本の遺伝子解析に加え,欧米の博物館にも所蔵されている近縁種の標本との外部形態の比較を国立科学博物館研究チームとともに行い,新種として認定されるに至りました。クジラの新種が認定されたのは,2003年のツノシマクジラ以来です。
この間,クロツチクジラが漂着するたびに,地元の方々の多大な協力をいただいて,調査と標本収集を行いました。猿払村に新鮮な個体が漂着したときには,海生哺乳類を研究した経験のある漁協職員がいち早く写真に収めてくれたため,体色や体表面の傷など,貴重な情報が残りました。また,羅臼では,今まで何度も漂着しており,そのたびに,ハンターでもある漁師の桜井憲二さんの多大な協力をいただき,標本を回収しました。時には熊の気配を感じるような場所で作業する場合もあり,熊の生態を知る桜井さんがいなければ,我々は現場に近づくことすらできませんでした。
でも,クロツチクジラは自分たちが新種認定されたことを知りません。今まで通り,北の海を悠々と泳いでいます。ホエールウォッチングなどでもなかなか見かけることは少ないですが,新種の鯨に思いをはせながら海を眺めると,今までとは少し違う光景に見えるかもしれません。
クロツチクジラの科学的イラスト:渡辺芳美(国立科学博物館)
日本全国のストランディングレコードをとりまとめている石川創さんから応援メッセージをいただきました!
2023/3/18 11:45
北海道で座礁・漂着・混獲(ストランディング)した鯨の調査研究を行うストランディングネットワーク北海道(SNH)が2007年に任意団体として設立されて以来、早や15年が過ぎました。
私は長らく日本沿岸におけるストランディングレコードの収集を続けて来ましたが、初めてその仕事に関わった1990年当時、人々の鯨に対する関心は今ほどには高くはなく、1年間に集まった情報は39件(混獲を除く)、そのうち北海道の記録はたった3件(2.6%)にすぎませんでした。その後30年以上が経過し、この間に人々の鯨に対する関心も大いに高まり、2021年には収集されたストランディングレコードは314件(混獲を除く)となり、中でも北海道の記録が占める割合は92件(29.3%)と飛躍的に増加しています。そのほぼすべてはSNHの地道な活動による成果であり、北海道の海がいかに豊かな自然に恵まれ、鯨たちもまたその一部であることを証明しています。
SNHの活動の大きな特徴は、単に道内のストランディング情報を集めるだけではなく、可能な限り現場に出動して調査を行い、標本を収集し、さらにそれを希望する全国の研究者たちにほぼ無条件で提供していることです。ストランディングの調査そのものは、今や北海道以外でも各地の博物館や水族館、大学の研究室や地域の研究団体などの手で行われることが多くありますが、その成果は基本的には調査主体に限定されることが普通です。
しかしSNHは、調査データのみならず収集標本までも積極的に他者に提供することで多くの研究者たちと繋がりを持ち、その結果これまで数多くの学術成果を生みだしただけでなく、海と鯨の知識を人々に伝えることでも社会に貢献してきました。こと鯨類研究の世界において、このような活動を長年にわたり続けて来た団体を私は他に知りません。
そのSNHは2021年にNPO法人化し、今、道内での調査活動をより円滑に行うために車両を購入しようとクラウドファンディングを始めています。大型野生動物である鯨の調査には多くの人手と様々な資材が必要であり、広大な北海道で活動を続けるためには車が必須です。SNHの活動は、日本の自然科学研究の新しい形とも言えます。彼らの活動に共感をいただける方、応援しようと思われる方はぜひ、ご協力をお願いします。
石川創(いしかわ はじめ)
1960年生まれ。水族館勤務を経て日本鯨類研究所勤務、主に南極海調査捕鯨に従事した。前・下関鯨類研究室長、現・大阪海洋研究所獣医師。専門は鯨類のストランディング、捕鯨における動物福祉など。著書に「クジラは海の資源か神獣か」(2011年、NHK出版)、「The Wild Mammals of Japan」(共著:2009年、Shoukadoh)、「日本沿岸のストランディングレコード(1901~2012)」(共編:2013年、下関鯨類研究室)、「クジラをめぐる冒険」(2020年、旬報社)など。