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大震災から10年。Withコロナ社会のチェンジメーカーを育てるゼミを気仙沼からつくりたい。一緒に想いを形にする仲間まるクルー50人を募集!

寄附先

一般社団法人 まるオフィス

まるオフィス

支援者数

58人

支援総額

81,500円

支援者数

58人

残り

終了

このキャンペーンは終了しました

理事 小林峻からのメッセージ

2020/8/6 11:54

皆様はじめまして。まるオフィスの小林峻です。

2015年4月に創業したまるオフィスですが、おかげ様で今年6年目に入りました。これもひとえに皆様のご支援・ご助力のおかげです。我々のような団体を活かして頂き、ただただ感謝です。

東京出身の私は、2011年の東日本大震災を契機に気仙沼へ移住し、はや9年もの年月が経ちました。まるオフィスには立ち上げからの理事として参画しており、移住当初は23歳の大学生だった私のキャリアにおいて、最も長く所属している団体になりました。

2015年の年始、当時の私は気仙沼に移住してから数年が経ち、2年勤めた当時の職場から転職を考えていた頃でした。そして同時に、気仙沼から離れることを考えていた時期でもありました。そんな折に、「団体を立ち上げるから、理事になってくれないか?」と連絡をくれたのが、まるオフィス代表の加藤拓馬でした。自分なんかでいいのかな?そんな思いもありましたが、楽しそうに新しい団体について語る彼の想いに共感し、名を連ねさせてもらうことにしました。

その決断をしたことと同時に、自分の中に湧いてきた感情がありました。「僕は、気仙沼に来て、本当の意味でやりたかったことに、最大限力を尽くしたのだろうか?挑戦しただろうか?」答えはNOでした。気仙沼を初めて訪れたときに感じた、熱い、ワクワクする“何か”。まだ、それにちゃんと向き合ってない、それまでは帰りたくない。そして僕は気仙沼にとどまることを決め、それから5年半が経ちました。

まるオフィスでは一貫して、気仙沼に暮らす人、関わる人と一緒に、学び、成長できる機会づくりをしてきました。「地元からワクワクを」。移住者だった僕らにとって、気仙沼はキラキラ、わくわく、本当に楽しく、学びと成長に溢れているまちです。僕は主に、気仙沼の高校生マイプロジェクトアワードの運営や、20〜30代向けのぬま大学の事務局を担っています。僕らが感じたワクワクを、同世代、そして次の世代にも同じように、いや今以上にたくさん感じてほしい。やっていることはちょっとずつ変わってきていますが、変わらない想いがそこにあります。あの時感じた“何か”を、ずっと追い続けています。

マイプロジェクトアワードなどの機会を通して、気仙沼に暮らす高校生ひとりひとりと話をしていると、心からワクワクします。

「語り部を通して震災の経験を語り継ぎたい」

「おばあちゃんが作ってくれた郷土料理をもっと多くの人に知ってほしい」

「多様性を受け入れられる地域にしていきたい」

そんな高校生と話しているといつも感じるのは、あぁ、彼らが最先端なんだな、という気持ちです。彼らの中にある可能性が、未来が、これからの社会を作っていく。こちらが勉強させられることが、なんと多いことか。僕らはそのちょっとしたお手伝いをしているに過ぎないですが、一人でも多くの人が、自分の未来にワクワクできる環境づくりを、これからもしていきたいと思っています。

そんな気仙沼の未来に向けて、引き続き頑張っていきたいと思います。ぜひその未来に、ご支援頂けますと幸いです。そしてよければ、今の、これからの気仙沼に、ぜひ足を運んで頂けたら嬉しいです。あなたにとって、必ず“何か”を見つけられるまちであると思います。


代表の加藤拓馬です。

まるゼミの歴史を振り返ってます!


(前回のあらすじ)

チーズざんまい。


話は少し遡ります。

2015年当時は、手当たり次第「地域によさげなことはやってみる」という団体でしたので、事業経営というよりサークル活動にまだ毛が生えた程度のものでした。

観光プログラム以外にも、海産物の販売のお手伝い、まちづくりサークル「からくわ丸」の事務局、大学生ワークキャンプの受け入れ、インターンシップのマッチング、移住女子たちの発信、コミュニティペーパーの発行…そして教育。


唐桑中学校にあべ教頭先生というとてもおもしろい先生が当時石巻からやってきまして、中学校の授業に呼んでくれたり、それを機に中学生とまち歩きをして、地元の魅力を再発見したり、移住女子との対談記事をコミュニティペーパーで取り上げたり、とちょくちょくそんなこともやってたんです。


今思えばよくもまぁいろいろとやってたなぁ。生まれたばかりのまるオフィスは、航也とえまと私0.5のスタッフ2.5人体制でした。


その中でも壁にぶち当たっていたのは、メインの観光プログラム=漁師体験でした。

単価を上げないとやるだけ赤字。

漁師たちもおもてなししすぎちゃうから(笑)、やればやるだけ負担。

ツアーが企画されるたび、漁師さんに頭を下げて受け入れのお願いに行ってました。

疲弊していく漁師と私たち。

お客さんのペルソナつくってニーズを探って…

「これは誰を笑顔にしたくてやってるんだっけ」そんなことを心の中でぼやくようになりました。いろんな意味でアマちゃんでした。


「誰を笑顔にしたいのか」


のちのち、事業を進める上で一番私が大事にするようになった問いです。


そこで試しに「漁師」×「地元の中高生」をやってみよう、漁師体験を地元の子どもたち向けに企画したらどうなるだろう、と考えるようになったんです。

そもそも漁師の後継者を育てたいんだったら、ストレートに地元の子どもを呼んでこようじゃないかと。


よく言えばPDCAサイクルが早かった、悪く言えば観光も教育も覚悟が定まってなかったワケです。

すぐ企画書を1枚書いていろんな地元の人に意見をもらい始めました。

そして、2016年5月試験企画「すなどり先生」が始まります。そう、ツェルマットから帰って来てすぐです。

「すなどり=漁り」とは漁師を指す古い言葉です。漁師が先生になる半日間。


かずまる親分ややっくんたち仲のいい漁師たちに声をかけ、浜で企画の表紙になる写真撮影をしました(冒頭の写真)。

先生になってもらうんだから、シャツにネクタイ…そこにあとカッパ着てくだい。

「えぇ?おれ、こんな格好したことねぇや」


記念すべき最初の企画には、高3から中2、中1、下は小6まで4名が集まりました。

地元の子どもたちだからか、かずまるさんもいつもより熱が入って想いを語ります。


「おれは海の恋人だ。おめぇだづもデートで彼女と会うとき、今日はどんなパンツはいてくるかなぁって気になるだろ!あれと一緒だよ」

(一同、しーん)

「今日はどんな顔してるかな。今日はどんなものが獲れるかな。毎日ドキドキだ。海との駆け引きなんだよ」

「だから日々勉強なんだ。今でも勉強なんだ」



そしてこの春は、経営未来塾(前述)が始まった春でもありました。

このときはまだ、観光事業や海産物の販売事業で稼ぐことを目標に掲げていました。

「経営者としての覚悟が足りない」

「何がしたいのか」

「お前が10年後魚売ってるイメージがわかない」

半年間の塾プログラムだったんですが、初日っからボロクソに言われました。

全て見透かされていた感じです。


「誰も足を踏み入れようとしない泥沼の中を独りでも突き進むことができる事業は何か」


秋。

半年かけて事業構想を練り直した結果、観光事業じゃなく、海産物の販売でもなく、この「すなどり先生」を発展させることを決意することになります。大きな転換点でした。

そして半年間かけて磨いた志をプレゼンする最終発表会の数日前のことです。


唐桑中学校を会場に当地区の中学生の弁論大会が行われました。

ゆきちゃんという中学生に「当日聞きに来てくれませんか?」と誘われたので足を運びました。

まち歩きやすなどり先生の常連の子でした。


彼女は体育館の壇上で堂々と語り始めます。

何を語るのかと思いきや、震災後移住者に出会って私は変わったんだ、という内容だったんです。

「(移住者曰く)漁師さんってかっこいいよね!…私の方がこのまちにずっと長く住んでいるのに私にはその“かっこよさ”が分からない。くやしい!何もないまちだと思っていた私には衝撃でした」

そこからゆきちゃんは私たちが企画する様々なプログラムに参加して、中学校の生徒会を通して地域でのプロジェクトをぐいぐい推進します。


「多くの若者がかつての私のように都会の楽しさに憧れを持っています。でもその『誰かの手でつくられた楽しさ』はあなたに何を残すでしょう?

ここにしかないものを学び、自分たちの視点で課題に立ち向かい、自分たちの手で地元を魅力的にしていく…それが私たちにしかできない『未来を形づくる楽しさ』だと思うのです」


これだ。ハンカチ片手で涙を拭っていた私の心も決まりました。


「じもとまるまるゼミ」

地元の中高生が、漁業だけじゃなく、いろんな地元のかっこいい大人に出会えるプログラムをつくろう。


それが、少子化にあえぐこの地元に私が受けた莫大な恩を返すことにつながるんだ。

経営未来塾の最終発表会、市長はじめ市民が埋め尽くす会場で、私が宣言したことでした。


こうして年が明け2017年。次の壁にぶつかります。


つづく


開始から4日目で、新しく20名の方にまるクルーになっていただきました!

本当にありがとうございます!

まるクルーになっていただいた方からの温かいコメントをたくさんいただいて、ひとつひとつにとても励まされます。
その中の一つを紹介させていただきますね。


「三陸の先頭走ってる皆さん、応援するでしょ!
そして、純粋にまるクルーになれて嬉しいす。
これからもよろしくですっ!」


うぅ〜嬉しい(泣)
引き続きよろしくおねがいします!

(加藤航也)


いつもお世話になっている方も、

はじめましての方も

こんにちは!根岸えまです。

わたしは東京生まれ東京育ちの28歳。

田舎もなく、20年間、都会でしか暮らしたことがなかったんですが

大学生のときに初めて縁もゆかりもない気仙沼、唐桑半島に学生ボランティアとして訪れました。

そこでみたのは

どん底から這い上がる人間のつよさ、

漁師さんたちの仕事への向き合いかた、

そしてまちへの圧倒的な使命感。

今まで生まれ育った東京で出会ったことのなかった「かっこいいと思える大人」に出会い、

このまちの人たちとはたらきたい、ここで暮らしていきたい、と6年前に移住。

現代表たくまと現事務局長こうやと3人で2015年にまるオフィスを立ち上げました。

まるオフィス立ち上げ当初は、なにをやったらいいかわからず、とりあえずまちのためになりそうなこと、地元のひとが笑顔になることを、となんでもやってみました。

5年間は無我夢中で突っ走ってきました。たのしいことも、大変なことも、つらいことも、うれしいことも、たくさんありました。

地元のひとに叱られたことも、もちろんありました。

でも、その中で本当に地域に必要なことがすこしずつわかってきた気がします。

いまのまるオフィスは、それぞれのやるべきことが見えてきて、チームまるオフィスとして社会課題に立ち向かう。そんな団体になっています。

その中のメイン事業がこの地域教育。

わたしも立ち上げ期の漁師体験を企画・運営していましたが、あの子どもたちの生き生きした表情と教える大人たちの表情ひとつひとつを見るたび、人口減少や少子高齢化が課題と言われている中でも、唐桑の将来になんだかわくわくします。

この子達が大人になるとき、唐桑が元気なまちであってほしい。

このまちをつくってきたじーちゃんばーちゃんたちが、このまちで最期を迎えるときに「ここに生きててよかったな」と思えるようなまちをつくりたい。

そう思いながら、今日も地元のひとたちに支えられながら、わたしたちは進んでいきます!

どうぞ応援よろしくおねがいいたします!


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一般社団法人

まるオフィス

〒988-0017

宮城県気仙沼市南町2丁目2-171F

0226-25-9190

http://maru-office.com/

代表:加藤拓馬

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